2022.11.22

Root第三章:働きながら大学院に進学した理由(2)ドクターの場合

きっかけは職場の「助成研究」

 日本語教師になること・日本語教師としてキャリアアップすることが夢でしたが、大学院博士前期課程(以下、マスター)修了後、あえて中高の教員に転職しました。詳しくは以下の記事を参照ください。


 結果的に中高の教員が天職だと思って日々仕事に勤しんでいました。勤務校が創立百周年を迎えるにあたり、学園としてこれまでの教育を見つめなおす動きが起こるなか、勤務校の教育理念が自分の担当科目である社会科(特に地理)においてどのように継承され、今日に至っているのかを知りたいと思うようになりました。そこで、学園内の助成研究に応募・採択を経て研究を行うことになりました。

 その研究成果は、以下にまとめました。

・萩原真美「成城学園中学校高等学校の地理教育における自学自習―その歴史的経緯に着目して」『成城学園教育研究所研究年報』第三十五集、2014年、1-68頁。

・『旧制成城高等学校尋常科地理自学書集【編集復刻版】全1巻』不二出版、2014年。

マスター時代の恩師の助言で、博士後期課程を視野に入れる

 

 大学では地理学を、マスターでは比較文明学専攻で日本語教育を専攻しており、教育史の専門知識は持ち合わせていませんでした。成城学園の地理教育史を研究するにあたり、マスター時代に教職課程でお世話になった先生方に相談したところ、

1%でも研究者になる気持ちがあるなら、ちゃんと研究しなさい

と助言をいただいたのです。「ちゃんと研究しなさい」というのは、博士課程(以下、ドクター)に進学して勉強しなさいという意味です。

 恩師の先生方には、地理学も教育史も学べる、私の学部時代の母校で学ぶことを強く勧められました。そこで、教育史がご専門の先生にコンタクトをとり、ゼミに参加させていただくことになりました(のちに指導教授になられる先生です)。

大きな研究テーマとの偶然の出会い

 成城学園の地理教育史の研究を進める中で、開校当初から戦後直後まで地理教員を務めたのが、仲原善忠であることを知りました。沖縄学の研究者で「おもろさうし」の研究に尽力した人物です。

 同研究を始めてまもない2011年5月のゴールデンウイークのこと。その仲原善忠について調べるべく、『仲原善忠全集』を読み進めていたところ、仲原先生が戦後、『琉球の歴史』という沖縄の中学校「社会科教科書」(後に「社会科副読本と判明」)を著したことを知ったのです。この本を見て、占領下の沖縄では、独自の教科書が使われていたことを初めて知り、自分の無知さを思い知ったのでした。

 さらにこの本に関連したことを辿ると、沖縄には戦後教育改革の代名詞とも言える社会科の設置が想定されていなかったことが分かったのでした。

 そのことをマスター時代の先生にお話ししたところ、

  誰もやっていない研究だから、あなたが責任もってやらないとだめだよ

と言われたのです。これは、博士論文として責任もって研究しなさいという意味です。

 そこで、後に指導教員をしてくださる先生に、成城学園の地理教育史ではなく、沖縄の社会科成立史にテーマを変えたいことをお伝えししました。あっさりと快諾をいただきました。

教員・育児の2足に加え、博士課程学生という3足目の草鞋を履く

 上記の流れで大きな研究テーマと出会い、一種の使命感のようなものを感じながら研究をすることになったわけですが、当時の私はとても勉学に勤しめる状況ではありませんでした。

 中高の専任教員として多忙を極めていたことに加え、3歳児の母親でもありました。すでにキャパシティーを大きく超えていて、家族や親戚の手を借りられるだけ借りても息をつく暇もないほど。育児はもちろんですが、当時いくら大変だからといって教員を辞める気持ちは全くありませんでした。よって、仕事と育児をしながらドクターに行くか行かないかという選択で、無謀にも3つ目の草鞋を履くことを選んでしまったわけです。

「沖縄戦中の青空教室」1945.4.15(沖縄県公文書館所蔵)

 こんな余裕が全くない状況なのに、わざわざ受験勉強をして博士課程に進学したのか、不思議に思われると思います。自分でもなぜやれたのか、そもそもやろうと思ったのか不可解です。今、振り返ってみれば、とにかく知りたい・自分の手で明らかにしたいという思いが強かっただけです。

 誰も研究をしていないという事実を知り、それをそのままにしておくことができませんでした。どんなに忙しくても、研究したいという一心が勝ってしまったというのが正直なところです。

 

 以上が、働きながら大学院に通った理由です。研究者にとって、何が何でも知りたい・明らかにしたいという研究テーマに出会えることは奇跡的なことだと思っています。その点で私は非常に幸運でした。その代わり、家族、職場、研究関係の皆さんには、多大なる負担をかけてしまいました。この点は大いに反省しており、別の形で生涯かけて恩返ししなければなりません。それは、本研究(占領期の沖縄教育史)から得た知見を、いかに現代の課題解決に生かすかに尽力できるかだと思っています。

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